稀少品 ノルマンディーのサン・テスプリ 銀とストラスによる二十世紀の作例 43 x 33 mm


自然に吊り下げたときの、最上部の環からクール(ハート)までを含む長さ 44 mm

最大の幅 34 mm


フランス  1920年代



 地上に降(くだ)る鳩を模ったペンダント。1920年代頃にノルマンディー(北フランス)で制作されたものです。鳥形の銀製台座に、クリスタル(鉛ガラス)製のストラス(ラインストーン)を多数セットしてあり、きらきらと美しく輝きます。





 19世紀半ば頃までのフランス各地では、「サン・テスプリ」という鳥形ペンダントが女性たちに愛用されていました。「サン・テスプリ」(Saint Esprit) とはフランス語で「聖霊」のことです。「聖霊」とは三位一体(神)の第三の位格(ペルソナ)です。三位一体の各位格が有し給う本質と属性はすべて同じですが、「聖霊なる神」においては神の「愛」が強調的に現れています。




(上) Gérard David, "Altaarstuk van St.-Jan de Doper", 1505, Schilderij olieverf op hout, 128 x 97 cm, Groeningemuseum, Brugge


 公生涯の始めに、イエスがヨルダン川において洗礼者ヨハネから受洗し給うた出来事は、すべての福音書に記録されています。「マタイによる福音書」 3章 16, 17節を新共同訳により引用いたします。

     イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。17. そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。 


 新約聖書によると、聖霊はイエスの上だけでなく、すべてのキリスト教徒に降(くだ)り、人の心に洗礼を授けます。洗礼はキリスト教において最も重要な儀式ですが、イエスの受洗の記事や使徒の手紙を読むと、水で額を濡らしたり、川に浸かったりするのは儀式の可視的な外形に過ぎないことがわかります。可視的な外形に過ぎない、というのは、重要性が無いとか必要が無いという意味ではありません。聖霊は洗礼の際に降り給うのですから、洗礼は絶対に必要です。しかしながら本質において重要なのは、可視的な儀式ではなく、むしろ儀式に伴って起こる不可視の出来事、聖霊の降臨であることがわかります。

 洗礼者ヨハネは「悔い改めよ。天の国は近づいた」と説教し(「ヨハネによる福音書」 3: 2)、ヨハネの許に集まる人々は罪を告白して洗礼を受けました(同 3: 6)。「天の国」とは「神の国」と同義で、万事において神の意思が完全に行われ、罪や悪が存在する余地の無い国のことです。そのような国の到来が近いゆえに、すべての人は罪を悔い改めて身を清めよ、とヨハネは説いたのです。イエスがヨハネから洗礼を受け給うた際に聖霊が降(くだ)った事実は、洗礼を受けたキリスト教徒の心に聖霊が降り、神の国が到来する(すなわち神の意志が完全に為されるようになる)」ことの範型であったと考えられています。イエスはご自身がキリストなのであって、「キリスト教徒」ではありませんが、人々に範を示し、宗教上為すべきことを教えるために、洗礼を受け給うたのだと考えられています。


 本品の裏面


 フランスに固有のペンダント「サン・テスプリ」は、翼を広げた下向きの鳩を模りますが、これは聖霊が天から降(くだ)り、人の心に洗礼を授ける様子を表しています。本品の鳩は嘴(くちばし)にクール(cœur 心臓、ハート)を咥えています。この意匠は、天から降(くだ)った聖霊が、まさに人の心に入ろうとしているところを表しているとも考えられます。あるいは、古来クールは心の座と考えられて「愛」を象徴するゆえに、天から降る聖霊が、地上の人に愛をもたらそうとしている様子を表していると考えることもできます。

 聖霊は神の愛そのものです。聖霊を心に受けて神の愛を宿す人は、神と隣人を愛し、地上にいながらにして、イエスとヨハネが説く「天の国」の住人となります。人を傷つけず、困っている人に手を差し伸べ、虐げられている人を庇います。地上に住む皆がそのようになればこの世界がそのまま天の国となることを、新約聖書は教えています。




(上) パブロ・ピカソによる鳩。オリーヴの枝をつかんでいます。


 周知のように、はキリスト教を離れたコンテクストにおいても「愛と平和の象徴」とされています。そもそもそのように考えられるようになったのは、キリスト教の文化的背景によりますので、「愛と平和の象徴としての鳩」とキリスト教はどこまでいっても無関係にはなりませんが、「サン・テスプリ」をはじめとする「ビジュ・レジオノ」(後述)はキリスト教文化を背景としつつも、純然たる信心具ではありませんので、誰でも気軽に使うことができます。


 サン・テスプリ


 聖霊の鳩を模ったペンダント「サン・テスプリ」は、十九世紀前半から中頃のフランスで、地域ごとに独自の発達を遂げ、女性たちに愛用されました。上の写真は 1830年代頃にノルマンディー地域で制作された「サン・テスプリ」です。この「サン・テスプリ」のようにストラス(ラインストーン)を多用するのが、ノルマンディーの伝統的ジュエリーの特徴です。

 地域独自の意匠によるジュエリーを、フランス語で「ビジュ・レジオノ」(複数形 bijoux régionaux 「地域のジュエリー」の意)といいます。「ビジュ・レジオノ」はフランス革命の混乱が終わり、産業革命が始まって豊かになった諸地域で、1810年代から 1840年代にかけて大いに発達しましたが、1840年頃からフランスに鉄道網が整備されて社会の均質化が進むと、民族衣装とともに急速に廃れました。上の写真のように保存状態の良いアンティーク・サン・テスプリは、博物館の収蔵品水準の稀少品となっており、入手することはまず不可能です。仮に入手できたとしても、アンティーク・サン・テスプリのサイズは縦 10センチメートル以上とたいへん大きく、ノルマンディの民族衣装で祭りに参加するというような機会でないと、これを着用するのは不自然です。





 本品は十九世紀前半の「サン・テスプリ」を二十世紀に蘇(よみがえ)らせたジュエリーです。「蘇らせる」といってもレプリカを作るのではなく、サイズとデザインを抜本的に見直すことによって日々愛用し易いペンダントとし、ノルマンディーの伝統に新しい生命を吹き込んでいます。十九世紀前半の「サン・テスプリ」に比較すると、1920年代に制作された本品は左右対称のすっきりとしたフォルムを有しており、アール・デコの影響が感じられます。







 フランスにおいて 800シルバーを表す「イノシシの頭」のポワンソン(貴金属検質所の印)が、最上部の環に刻印されています。「サン・テスプリ」をはじめとする「ビジュ・レジオノ」において、800シルバーは高級な素材です。本品の裏面はローズ・ゴールドがかった金でめっきを施したヴェルメイユでしたが、めっきは磨滅し、現状はわずかに名残を残すのみとなっています。

 本品に嵌め込まれている石は、十九世紀の「サン・テスプリ」におけると同様に、シングル・カットのストラス(ラインストーン)です。正確を期して言うと、本品のストーンは肉眼でわかるほどのディスパージョン(分散)を起こさないゆえにダイヤモンドでないのは確かですが、ガラスであるのか、「ディアマン・ダランソン」(diamants d'Alençon フランス語で「アランソンのダイヤモンド」の意)と呼ばれるロック・クリスタル(無色の水晶)であるのかは、ストーンを台座から外して偏光器で調べないと分かりません。しかしガラスと水晶は分子の配列が違うだけで、いずれも二酸化ケイ素ですから、いずれであっても大きな違いはありません。ここではセットされたままの状態で外見を精査して、クリスタル製ストラスと判断いたしました。

 ストラスはパヴィリオン面(ガードルよりも下の面)、つまりセットしたときに裏側(下側)になる面に、光を反射する金属箔を貼っています。アンティーク品では箔の大部分が失われていることが多いのですが、本品の箔はほとんど失われておらず、たいへん綺麗な状態です。




(上) 懐中時計に嵌め込まれたローズ・カットのダイヤモンド。クラウン面にテーブルが無く、ピラミッドのように尖っています。当店の商品


 ストラスはクリスタル・ガラス(鉛ガラス)をカットした模造宝石です。ガラス製の模造宝石と聞くと安っぽく感じられる方もおられるかもしれませんが、「ビジュ・レジオノ」に使われる石はすべてストラスかディアマン・ダランソン(無色の水晶をカットしたもの)、アメシスト、ガーネットです。フランス各地の美術館や博物館に収蔵されているものを含め、「ビジュ・レジオノ」にダイヤモンドが使われている例は非常に稀です。

 「ビジュ・レジオノ」が発達したのは十九世紀前半ですが、この時代のダイヤモンドはマイン・カットまたはローズ・カットでした。マイン・カットまたはローズ・カットのダイヤモンドはクラウン面にテーブルが無いので、二十一世紀の我々が「ダイヤモンド」と聞いて連想するような輝きを発しません。一方ストラスは当時からシングル・カットであったゆえに、広いテーブルを有し、きらきらとよく光りました。十九世紀前半においては、ダイヤモンドよりもストラスの方がずっと綺麗だったのです。




(上) 本品のストラスは銀の台座をタガネで叩いて爪留めされています。


 本品は伝統を継承し、ダイヤモンドではなくストラスを使用しているゆえ、人工石を使っている点に関しては、「ジョアイリ」(仏 joaillerie ファイン・ジュエリー)よりもむしろ「ビジュ・ド・ファンテジー」(仏 bijoux de fantaisie コスチューム・ジュエリー)であるといえます。

 しかしながら、現代人の感覚では「ビジュ・ド・ファンテジー」はパーツを組み立てるだけの量産品ですが、本品は十八、十九世紀の「ビジュ・ド・ファンテジー」と同様に、宝石職人の完全な手作業で制作されています。二十世紀の「ビジュ・ド・ファンテジー」では、ストラスは台座に接着するか、薄い金属板の爪を曲げてセットします。しかしながら本品のストラスは、上の拡大写真でご覧いただけるように、銀の台座をタガネで叩き、「ジョアイリ」と同じ方法で爪留めされています。それゆえ作りの丁寧さという点からいえば、本品は「ジョアイリ」と同等水準の品物です。

 本品とは時代が異なりますが、ルイ十六世の妃マリー=アントワネット (Marie-Antoinette, 1755 - 1793) は、ストラスやペルル・ド・ジャカンを使用したジュエリー職人手作りのジュエリーをたくさん所有していました。本品はそれと同等水準の、ジュエリー職人による手作り品です。


 なお本品で行われているように、台座となる金属をタガネで叩き、小さな爪状の突起を作って石を留める方法を、「セルティ・ア・グラン」(仏 le serti à grain)といいます。フランス語で「粒留め」というほどの意味です。十九世紀前半の「ビジュ・レジオノ」において、石はほとんど常に「セルティ・クロ」(仏 le serti clos)、すなわちベゼル・セット(覆輪留め)されます。「ビジュ・レジオノ」に関して言えば、「セルティ・ア・グラン」による石留めは二十世紀に特有の技法です。





 本品の制作年代は、第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期です。ドイツの領土拡張政策によって惹き起こされた第一次世界大戦は、フランスの国土を戦場と化し、豊かであったノルマンディーも壊滅的な被害を受けました。未曽有の大戦により、フランスじゅうに戦死者、戦災死者、戦争寡婦、戦災孤児があふれたのです。悲惨な経験をしたノルマンディーの人々は、フランス人の心にもドイツ人の心にも聖霊が降(くだ)って愛をもたらし、憎しみではなく人類愛が支配する世界が到来することを、心から願ったに違いありません。

 本品は百年近く前に制作された真正のアンティーク品ですが、保存状態はきわめて良好です。裏面の金めっきが薄くなっているぐらいで、特筆すべき重大な問題は何もありません。ノルマンディーのサン・テスプリを、伝統を尊重しつつも現代風に作り変えた本品は、博物館に眠る遺物とは違って、日々愛用していただける「ビジュ・レジオノ」です。「愛し合えますように」という願いを表した、ハートと鳩の美しいジュエリーです。





35,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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