キリスト教美術におけるヨーロッパコマドリ
le rouge-gorge dans le contexte de l'art chrétienne





(上) Martin Schongauer (c. 1445/50 - 1491), "Madonna in Rosenhag", 1473, Mischtechnik auf Holz, 200 x 115 cm, Dominikanerkirche, Colmar


 スズメ目ヒタキ科に属するヨーロッパコマドリ (Erithacus rubecula) は胸の赤い羽毛が特徴です。やはりスズメ目に属し顔に赤い羽毛があるゴシキヒワと同様に、ヨーロッパコマドリは象徴性に富む小鳥であり、キリスト教図像によく描かれます。この鳥の学名 (Erithacus rubecula) のうち、属名はギリシア語で、アリストテレスの著作にもある鳥の名です。("HISTORIA ANIMALIUM" 592 b22 他) 種名はラテン語で、「赤い」(RUBER) の語幹に縮小辞 (-culus/um/a) が付いた語。女性名詞である「種(しゅ)」(SPECIES) を含意して、語尾が女性形になっています。

 上に示したのは15世紀後半のドイツの画家マルティン・ショーンガウアーがコルマールのドミニコ会修道院付属聖堂のために描いたテンペラ板絵で、「雅歌」2章2節に基づき、薔薇に囲まれた聖母子を描いています(註1)。この作品の背景には、ヨーロッパコマドリ、ゴシキヒワを含む数種の赤い小鳥が描かれています。拡大写真を下に示します。







【キリストの受難を象徴するヨーロッパコマドリ】

 ヨーロッパコマドリはゴシキヒワと同様に、イエズス・キリストの受難を象徴します。民間伝承によると、ヨーロッパコマドリの胸に生える羽毛が赤いのは、イエズスの額から茨の棘を抜こうとして救い主の血に染まったためと伝えられます。


 下に示すのは20世紀中頃のフランスで制作された小聖画で、ヨーロッパコマドリを描き、詩編116編10節の聖句を添えています。この聖画において、ヨーロッパコマドリはイエズスの受難を象徴するとともに、イエズスに最後まで付き従う堅忍(信仰の継続)をも象徴しています。


(下) 「わたしは信じる」(J'ai gardé confiance.) フランスの小聖画 20世紀中頃 縦横のサイズ 11 x 7.5 cm 当店の商品です。




 詩編116編9節から11節を、スムール版 (Bible du Semeur) 及び新共同訳により引用いたします。スムール版はエマウスの宣教師でもある神学者アルフレッド・キュアン (Alfred Kuen, 1921 -) が中心となって翻訳・刊行したフランス語聖書です。


9. ainsi je marcherai encore sous le regard de l'Éternel au pays des vivants.   命あるものの地にある限り/わたしは主の御前に歩み続けよう。
10. Oui, j'ai gardé confiance même quand je disais : "Je suis trop malheureux !" ..  わたしは信じる/「激しい苦しみに襲われている」と言うときも 
11. Dans mon accablement, j'en venais à me dire : "Tout homme est un menteur !"   不安がつのり、人は必ず欺く、と思うときも。


 116編10節の冒頭、「わたしは信じる」の部分は、スムール版をはじめとするフランス語訳で複合過去になっています。複合過去で助動詞的に使われる "avoir" は現在形に置かれますが、このことからもわかるように、複合過去は、過去のある時点に始まった動作や状態が現在に至るまで継続していることを表すのが本来の意味です。詩編116編10節のフランス語訳においても、この意味の複合過去が使われています。


 上の聖画ではイエズスの血に染まったコマドリが、雪の降る中、ひとり佇んでいます。伝承によると、イエズスが十字架に架かり給うたときも、コマドリはイエズスを信じ続けて側から離れませんでした。

 コマドリが耐える冬の厳しい寒さは、どの人もそれぞれに経験する激しい苦しみ、募る不安、人に欺かれた時の絶望を象徴しています。しかしダヴィデ(詩編の作者)は「わたしは信じる」(J'ai gardé confiance.)、つまりこれまでも神を信じてきたし、いまも変わらずに神を信じ続けている、と言っています。

 この聖画に添えられた詩編116編10節の言葉「わたしは信じる」は、コマドリ、すなわちコマドリに擬せられた信仰者である「私」が、イエズスを救い主と信じて付き従い始め、イエズスが捕縛されて十字架上に死に給うた際にもそばを離れず、現在に至るまでずっと信じ続けている、という意味です。


【神と救い主への愛を象徴するヨーロッパコマドリ】

 また別の伝承によると、イエズスがベツレヘムで生まれ給うた夜、聖家族が泊まった家畜小屋はとても寒く、ヨセフが火を起こしてもすぐに消えてしまいました。そこに通りかかったコマドリは火の前でせいいっぱい羽ばたき続けて火を燃え上がらせます。しかしコマドリはその火で胸にやけどを負ってしまい、聖母はコマドリを祝福して、やけどの傷を癒しました。コマドリの胸元が赤いのはそのときの傷跡とされ、この伝承ゆえにコマドリはクリスマスカードによく描かれます。

 先に示した画像は冬の風景ですが、これもクリスマスシーズン用に制作された聖画でしょう。救い主への愛と信仰はいうまでもなく一体不可分であり、冬枯れの枝に留まるコマドリは、その小さな体に収まりきらないほど大きなイエズスへの愛と信仰を象徴しているのです。


【フランスにおけるヨーロッパコマドリの小聖画 20世紀における幾つかの作例】

 ヨーロッパコマドリの羽毛が赤いのはイエズスへの愛と信仰ゆえであり、いずれの意味においてもこの小鳥は聖画に描かれるにふさわしい象徴性を有します。下の画像はいずれも20世紀中頃のフランスで制作された小聖画で、ヨーロッパコマドリを描いています。


・少年イエズスを慕って集うコマドリ コミュニオン・プリヴェの小聖画 マルドレ修道院製

 11 x 7 cm 当店の商品です。


 たくさんのコマドリがイエズスを慕って集まり、イエズスの手から食べ物をもらっています。イエズスは十一、二歳の少年として表され、コマドリに囲まれた後光は聖体のように見えます。コマドリはキリスト者である少年少女たちの魂を象徴します。コマドリが聖体のような後光を囲み、またイエズスから貰った食物をついばむ姿は、霊的食物である聖体の拝領を象徴します。

 聖画の裏面に「コミュニオン・プリヴェ」(Communion Privée)、「聖母学院寄宿学校」(Pensionnat Notre-Dame)、「1950年6月25日」(25 juin 1950) の文字と、男女の双子の名前が書かれています。

 フランスでは十一、二歳の子どもが「コミュニオン・ソラネル」(Communion Sorenelle) という特別な聖体拝領に参加します。「コミュニオン・ソラネル」は集団で行われることが多いですが、なかにはプライヴェートな方式を好む人もあります。「コミュニオン・プリヴェ」はひとつの家族のみが参加して実施される方式の「コミュニオン・ソラネル」です。1950年6月25日に、聖母学院寄宿学校の礼拝堂で、この学校に在籍する双子の「コミュニオン・ソラネル」が行われたことがわかります。

 本品はベルギーのマルドレ修道院 (l'Abbaye de Maredret) で描いた原画をフランスで刷ったものです。マルドレ修道院は正式名称をベネディクト会修道院サン・ジャン・エ・スコラステーク (l'Abbaye des saints Jean et Scolastique) といい、ワロン地域ナミュール州のマルドレにあります。1891年から1936年にかけて建設されたネオ・ゴシック式の建造物群、及び美しい聖画の制作で知られています。


・小聖画となった祈りと感謝 「寒さに凍える小鳥のように、全能の主の御手に身を潜めよう」 1944年

 11 x 7 cm 当店の商品です。


 手描きの水彩による小聖画。寒さに羽毛を逆立てたコマドリが、イエズスの温かい掌(てのひら)にうずくまる様子を描き、「寒さに凍える小鳥のように、全能の主の御手に身を潜めなさい」(Comme un oiseau frileux, blotissez-vous dans la main du Tout Puissant.) とのフランス語のメッセージが添えられています。コマドリ、すなわちイエズスを愛し信じる人の魂を、イエズスは無限の愛で温かく包み込んでいます。

 聖画の裏面には 1944年の年号とイニシアルに加えて、ラテン語で「神に感謝」(Deo gratias.) と書き込まれています。




註1 「雅歌」2:2のテキストは次の通りです。

Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata)  おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。 (新共同訳)


 15世紀のライン流域では、「薔薇の園にいる聖母子」をテーマにした作品が盛んに描かれました。



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