フクロウとミミズク
chouettes et hiboux / Eulen / owls




(上) "Snowy Owl"  シロフクロウ 二十世紀初頭のオールド・プリント 写真のサイズ 152 x 205 mm 当店の商品です。


 フクロウとミミズクは、いずれもフクロウ目フクロウ科に属する鳥です。

 日本語では頭部に羽角(うかく 角のように見える一対の羽根)を有する種を「ミミズク」、有さない種を「フクロウ」と総称しています。フランス語では「フクロウ」をシュエット(仏 chouette/chouettes)、ミミズクをイブゥ(仏 hibou/hiboux)といいます。ドイツ語と英語では「フクロウ」と「ミミズク」を区別せずに、それぞれオイレ(独 Eule/Eulen)、アウル(英 owl/owls)といいます。

 フクロウとミミズクに動物分類学上の本質的な違いはありませんが、象徴性においても同様のはたらきをします。本稿では煩雑さを避けるため、以下の論述ではミミズクをフクロウに含め、両者を総称して「ふくろう」と呼びます。


【ふくろうの象徴性】

1. 「推論」「知識」「知恵」「学問」を象徴するふくろう



(上) ルイ=アレクサンドル・ボテ作 鉄兜とオリーヴ ミネルヴァとしてのマリアンヌと、ル・コック・ゴーロワ 直径 40.9 mm 重量 34.0 g 当店の販売済み商品


 ふくろうは肉食の鳥である点で猛禽と共通します。しかしながらほとんどのワシ、タカが昼行性であるのに対して、ふくろうは夜行性です。明るい日光の下で活動するワシ、タカは、「直観」(註1)を象徴します。これに対して月光の下で活動するふくろうは「推論」を象徴します。

 推論は、知識と知恵に基づきます。それゆえふくろうは「知識」と「知恵」の象徴であり、「学問」の象徴でもあります。ギリシア神話ではアテナが、ローマ神話においてはミネルヴァが、学問の女神とされます。それゆえふくろうはアテナ(ミネルヴァ)の鳥とされ、しばしばアテナ(ミネルヴァ)を象徴し、またアテナ(ミネルヴァ)とともに図像化されます。


2. アテナのエピセットとふくろう

 「グラウコーピス」(希 γλαυκῶπις)はホメロスによる女神アテナ(ミネルヴァ)のエピセットで、オリーヴや月を形容するのにも同じ語が使われます。

 「グラウコーピス」の成り立ちについては二説があります。一方の説は、形容詞「グラウコス」(希 γλαυκός 輝く 註2)の語幹(γλαυκ-)に、名詞「オープス」(ὤψ 目または顔)の語幹(ῶπ-)を接合し、形容詞語尾(-ις)を付けた語が、「グラウコーピス」(γλαυκῶπις)であると考えます。この説に従えば、「グラウコーピス」というアテナのエピセットは、「輝く目を持てる」という意味に解釈できます。

 もう一方の説は、名詞「グラウクス」(希 γλαύξ / γλαῦξ ふくろう 註3)の語幹(γλαυκ-)に、名詞「オープス」(ὤψ 目または顔)の語幹(ῶπ-)を接合し、形容詞語尾(-ις)を付けた語が、「グラウコーピス」(γλαυκῶπις)であると考えます。この説に従えば、「グラウコーピス」というアテナのエピセットは、「ふくろうの目を持てる」あるいは「ふくろうの顔を持てる」という意味に解釈できます。

 「グラウクス」(ふくろう)と「グラウコス」(輝く)は同根語です(註3)。それゆえアテナのエピセット「グラウコーピス」の成り立ちと意味について、これら二説は矛盾しません。「グラウコーピス」というアテナのエピセットは、「輝く目を持てる」とも「ふくろうの目(顔)を持てる」とも訳せます(註4)。ふくろうは優れた視力で闇を見通し、獲物を見つけます。それと同様に、アテナは優れた知力で無知の闇を見通し、真理を見出すのです。


 アテナイのテトラドラクマ貨


3. 旧約聖書において「破壊」「破滅」を象徴するふくろう

 旧約聖書の「詩編」は百五十編の詩歌によって構成されますが、これらの詩歌をいくつかの類型に分ける分類法が考えられています。ひとつの分類法に基づいて「痛悔詩編」と呼ばれる類型には、七つの編(六、三十二、三十八、五十一、百二、百三十、百四十三)が含まれます。

 「詩編」百二編は五番目の痛悔詩編で、バビロン捕囚の苦しみを神に訴え、シオンへの帰還を嘆願する内容となっています。この百二編七節に「荒れ野のみみずく、廃墟のふくろう」が出てきます。「詩編」百二編一節から七節を、新共同訳によって引用します。

   1    【祈り。心挫けて、主の御前に思いを注ぎ出す貧しい人の詩。】
   2    主よ、わたしの祈りを聞いてください。この叫びがあなたに届きますように。
   3    苦難がわたしを襲う日に、御顔を隠すことなく、御耳を向け、あなたを呼ぶとき、急いで答えてください。
   4    わたしの生涯は煙となって消え去る。骨は炉のように焼ける。
   5    打ちひしがれた心は、草のように乾く。わたしはパンを食べることすら忘れた。
   6    わたしは呻き、骨は肉にすがりつき
   7    荒れ野のみみずく、廃虚のふくろうのようになった。


 「イザヤ書」十三章は新バビロニア王国後期に現在の形に成立したと考えられる部分で、近い未来にバビロンに下されるべき審判について預言しています。「詩編」百二編はバビロニアに滅ぼされたシオンの荒廃を歌いますが、「イザヤ書」十三章は、これとは逆に、近々滅亡するであろうバビロンの廃墟を描写します。この章の二十一節に、みみずくが出てきます。「イザヤ書」十三章十九節から二十二節を、新共同訳によって引用します。

   19    バビロンは国々の中で最も麗しく、カルデア人の誇りであり栄光であったが、神がソドムとゴモラを覆されたときのようになる。
   20    もはや、だれもそこに宿ることはなく、代々にわたってだれも住むことはない。アラブ人さえ、そこには天幕を張らず、羊飼いも、群れを休ませない。
   21    かえって、ハイエナがそこに伏し、家々にはみみずくが群がり、駝鳥が住み、山羊の魔神が踊る。
   22    立ち並ぶ館の中で、山犬が、華やかだった宮殿で、ジャッカルがほえる。今や、都に終わりの時が迫る。その日が遅れることは決してない。


 「ゼファニア書」二章は、選民ユダヤ人に敵対する諸民族に下されるべき裁きを預言しています。「ゼファニア書」二章十三節から十五節はアッシリアに対する預言で、十四節にふくろうが出てきます。該当箇所を、新共同訳によって引用します。

   13    主はまたその手を北に向かって伸ばし、アッシリアを滅ぼし、ニネベを荒れ地とし、荒れ野のように干上がらせられる。
   14    そこには、あらゆる獣がそれぞれ群れをなして伏す。ふくろうと山あらしは柱頭に宿り、その声は窓にこだまする。杉の板ははがされ、荒廃は敷居に及ぶ。
   15    これが、かつてにぎやかであった都だろうか。かつて、人々は安らかに住み、心の中で、「わたしだけだ。わたしのほかにだれもいない」と言っていた。どうして、都は荒れ果て、獣の伏す所となってしまったのか。ここを通り過ぎる者は皆、驚きのあまり、口笛を吹き、手を横に振る。


 以上に引用した個所は、いずれも民族が破滅し、都市が荒廃した様子を述べています。これらの描写に頻出するふくろうは、破滅、破壊、荒廃を象徴します。




(上) "Screech Owl" アメリカオオコノハズク 十九世紀後半の石版画 上の写真に写っている部分の概寸 13 x 18 cm 当店の商品


4. 民間信仰において「凶事の前兆」「死の前兆」とされるふくろう

 民間信仰において、ふくろうが凶事や死の前兆とされる場合があります。このような迷信を反映した文学作品として、シェイクスピアの二作品を取り上げます。


 「ジュリアス・シーザー」 第一幕 第三場

 「ジュリアス・シーザー」第一幕第三場におけるカスカとシセローの対話で、「夜の鳥」(英 the bird of night ここでは「ふくろう」のこと)が昼間に啼(な)くのを聞いたカスカが、シセローに不安を訴えます。第一幕第三場第二十六行から三十二行の原テキストを、日本語訳と共に示します。日本語訳は筆者(広川)によります。文意を通じやすくするために補った語句は、ブラケット [ ] で囲みました。


     26      And yesterday the bird of night did sit    きのうは、夜の鳥ふくろうが、
     27      Even at noon-day upon the marketplace,    真昼というのに市場にて
     28      Hooting and shrieking. When these prodigies    ホーホー、ギャアギャアと啼いていた。このような珍事が
     29      Do so conjointly meet, let not men say,    同時に起こるなら、
     30      “These are their reasons. They are natural.”    「これこれのことが[ふくろうが鳴く]理由だ。自然なことだ」と言うべきでない。
     31      For I believe they are portentous things    私が信じるに、こういう事は前兆であって、
     32      Unto the climate that they point upon.    国[に起こる凶事]を指し示すのだ(註5)。


 第三十一行と三十二行は語句を大幅に補って意訳しましたが、直訳すれば、「これらの事どもはその指し示す国に対する前兆である、と私は信じるからだ。」となります。現代英語の「クライミト」(climate)は「気候」「風土」という意味で使われるのが普通です。しかしながら「クライミト」の語源はギリシア語「クリマ」(κλίμα 傾き)で、地球上で或る傾きを持った区域、すなわち「緯度帯」が原義です。「地方」「地域」「国」という意味、ならびに「気候帯」という意味、さらに「気候」「風土」という意味は、すべて「緯度帯」という原義から派生したものです。上の引用個所において、第三十二行の「クライミト」は「国」の意味で使われています。

 上に引用したカスカのせりふにおいて、ふくろうは凶事を予告する鳥と考えられています。




(上) "Saw-whet Owl" ヒナキンメフクロウ 十九世紀後半の石版画 上の写真に写っている部分の概寸 11 x 16 cm 当店の商品


 「マクベス」 第二幕 第二場

 史劇「マクベス」において王位を簒奪する主人公マクベスは、悪人として描かれています。マクベス夫人は夫マクベスよりもさらにひどい悪女で、夫をスコットランドの王位に着けるべく、現王ダンカンを就寝中に暗殺するように、夫をそそのかします。

 「マクベス」第二幕第二場では、夫を現王の寝室に送り込んだマクベス夫人が登場し、次のように語ります。第二幕第二場第一行から八行の原テキストを、日本語訳と共に示します。日本語訳は筆者(広川)によります。文意を通じやすくするために補った語句は、ブラケット [ ] で囲みました。


     1    That which hath made them drunk hath made me bold.    酒は人々を酔わせたが、私は酒で大胆になった。
     2    What hath quenched them hath given me fire.    人々の火を消した酒が、私に火をつけた。
     3    Hark! Peace! It was the owl that shrieked, the fatal bellman,    耳を澄ませ!静かに! [いま]啼いたのは、ふくろうだ。死を告げるふれ役、
     4    Which gives the stern’st good-night. He is about it.    この上なく厳しく恐ろしく、「良き眠り(訳注 死)を」と告げる鳥。夫は仕事にかかっている。
     5    The doors are open, and the surfeited grooms    扉はすべて開いている。飲み食いに潰れた男たちは
     6    Do mock their charge with snores. I have drugged their possets,    持ち場を軽んじ、いびきをかいている。彼らの飲み物に、私は薬を入れたのだ。
     7    That death and nature do contend about them,    彼らをめぐって、死が生の力と争っている。
     8    Whether they live or die.    生き[て目覚め]るか、[目覚めずに]死ぬかはわからない。


 上の引用に出てくる「ベルマン」(bellman)とはロンドンの鐘撞き役のことで、市民が亡くなると、町中を巡って報じました。


 シェイクスピアが上記引用部分を創作する際に、ロンドンのニューゲイト・プリズンと、その近くにあるセイント・セパルカー聖堂がヒントになったと思われます。

 ニューゲイト・プリズン(Newgate Prison)はロンドン市壁のニューゲイト付近にあった監獄で、恐ろしい場所としてチャールズ・ディケンズの小説にもたびたび登場します。この監獄の近所、ニューゲイトに近い市壁の外には、セイント・セパルカー聖堂(St Sepulchre-without-Newgate ニューゲイト外の聖墳墓教会)があり、ニューゲイト監獄で死刑が執行される日の真夜中には、ベルマンがこの教会の鐘を鳴らしました。

 上記に引用した箇所は真夜中の光景で、ふくろうの啼き声を耳にしたマクベス夫人は、この鳥を「ザ・フェイタル・ベルマン」(the fatal bellman 死のふれ役)と呼んでいます。上記引用場面で啼き声を聞かせるふくろうは、セイント・セパルカー聖堂の鐘声と同様に、差し迫った死を予告する役割を果たしています。


 「マクベス」第二幕第三場第四十九行、及び第二幕第四場第十三行にもふくろうが登場し、理想の君主ダンカンが殺害された夜に、啼き声が聞こえたとされています。マクベス夫人が耳にしたものと同じかどうかわかりませんが、いずれの箇所でも、ふくろうの啼き声は凶事や死を予告、あるいは告知しています。



5. わが国の古文献における例

 931年から 938年までの間に成立した「倭名類聚鈔」において、ふくろうは父母を食らう不孝の鳥であるとされています。現代語訳を付して該当箇所を引用します。現代語訳は筆者(広川)によります。
         
      梟(けう)ハ和名布久呂不 弁色立成ニ云フ佐介(さけ) 食フ父母不孝ノ鳥也     梟(きょう)は和名を「ふくろう」と言い、「弁色立成」(註5)では「さけ」と読まれている。父母を食らう不孝の鳥である。
         
 十世紀末頃に成立したと考えられる「源氏物語」の第四帖「夕顔」において、夕顔が亡くなった夜の情景描写にふくろうの声が登場します。現代語訳を付して該当箇所を引用します。現代語訳は筆者(広川)によります。
         
      …おほかたのむくむくしさ譬へん方なし。夜中も過ぎにけんかし、風のやや荒々しう吹きたるは。まして松のひびき木ぶかく聞えて氣色ある鳥の空声(からごゑ)に鳴きたるも梟はこれにやとおぼゆ。     …あたり一帯の不吉なさまは、譬えようも無い。夜中も過ぎたのであろう、風が少し荒々しく吹いているのは。それにもまして松風の音が木々の繁みの奥から聞こえて、変わった様子の鳥がしわがれ声で鳴いているのも、ふくろうの声であろうと思われる。
         
 十二世紀に成立したと考えられる「山家集」下巻には、ふくろうの声が次のように詠まれています。現代語訳を付して該当箇所を引用します。現代語訳は筆者(広川)によります。
         
      山ふかみ けぢかき鳥のおとはせで ものおそろしきふくろふの聲     ここは山奥であるから、親しみのある鳥の鳴き声はせず、何となく恐ろしいふくろうの声が聞こえる。

 以上のような例から、わが国においてもふくろうは不気味な生き物と考えられていたことがわかります。


 どこの国においても近世以前の時代には強力な照明器具が無く、夜は現代人が想像もできないほど深い闇が立ち込めていました。ただでさえ恐ろしい暗闇にふくろうの鳴き声が響けば、夜がいっそう不気味に感じられたであろうことは想像に難くありません。

 鳥が羽ばたくと大きな音がしますが、ふくろうは音もなく飛行します。また暗闇を自由に飛び回り、物に衝突することがありません。これは夜行性の猛禽が進化させた能力ですが、その能力があまりにも優れているゆえに、人間の目には不気味にも映ります。またふくろうは人間の聴覚が感知できない音を捉えます。超音波の概念を持たなかった昔の人にとって、ふくろうの聴覚は超自然的能力と思われたでしょう。ふくろうが有するパラボラ・アンテナのような頭部前面の形状は、効率的な集音に役立っていますが、動物好きの現代人には愛らしいとしか感じられないふくろうの顔も、人間の顔に似ているせいで、昔の人には魔物か死者の化身のようにも感じられたことでしょう。

 以上のような理由で、ふくろうは何となく不気味な存在であると感じられるようになり、やがては「凶事を予告する」、「父母を食らう」等、自然科学による基礎づけを持たない迷信と結びつけられたと考えられます。


註1 直観(羅 INTUITIO 英仏 intuition 独 Intuition)とは、推論によらない知性認識のことです。公理の認識は直観によります。

註2 形容詞「グラウコス」(希 γλαυκός)の原意は「輝く」という意味ですが、のちに「青みがかった緑」または「青みがかったグレー」を表すようになります。英語の「グローカス」(英 glaucous 青緑の)、「グローコウマ」(glaucoma 緑内障)の語源です。

註3 古典ギリシア語「グラウクス」(希 γλαύξ / γλαῦξ)は、コキンメフクロウ(学名 Athene noctua)を指します。コキンメフクロウはユーラシア大陸に広く分布する小型のふくろうで、学名「アテーネー・ノクトゥア」は「夜のアテナ」という意味です。学名の前半「アテーネー」はコキンメフクロウ属のことで、新大陸のアナホリフクロウ(Athene cunicularia)もこれに属します。

註4 ふくろうや猫などの夜行性動物の目は、光を効率よく集めるためのタペトゥム・ルキドゥム(羅・英 tapetum lucidum タペタム・ルシダム、照膜)を有します。ふくろうをギリシア語で「グラウクス」(希 γλαύξ / γλαῦξ)というのは、ふくろうの目の照膜が光を反射して「輝く」(グラウコス γλαυκός)からです。

註5 奈良時代に成立した辞書。漢字に和訓を添えたものと考えられますが、現在では失われており、その内容は逸文(いつぶん 断片的な引用)としてのみ伝わります。



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