リチャード・ウィルスン作 「ヴィッラ・アドリアーナ」 ジェイムズ・カーターによるスティール・エングレーヴィング 1850年

Villa Adriana


原画の作者 リチャード・ウィルスン(Richard Wilson, R.A. 1713 - 1782)

版の作者 ジェイムズ・カーター(James Carter, 1798 - 1855)


画面サイズ  縦 255 mm  横 178 mm



 ローマ市の中心部からおよそ25km東、風光明媚なティヴォリ(Tivoli)の町にヴィッラ・アドリアーナ(Villa Adriana)があります。ヴィッラ・アドリアーナはハドリアヌス帝(76 - 138年、在位117 - 138年)が西暦 118年から 133年にかけて建設した美しい別荘地で、世界文化遺産にも指定されています。

 ヴィッラ・アドリアーナの広さは120ヘクタールにも及び、一見無造作に、しかし実は計算し尽くして配置された数々の建物が自然の風景と調和している点で、他の古代ローマ建築にはない性格を有しています。別荘の設計にはハドリアヌス帝自身が中心的な役割を果たしたと考えられ、帝が即位した直後にあたる118年の夏頃から建設が始まっています。





 ウィルスンの絵に描かれた建物はハドリアヌス帝時代に美術品を収蔵していた建物の一部と思われますが、人が勝手に住みついて、二階を建て増ししています。古代建築である一階は、家畜小屋として使われています。

 建築物をテーマにしたウィルスンの風景画には、人々や動物の自然な日常生活と、細密に描かれた樹木が取り入れられることが多いのですが、この絵にもまさにウィルスンの作品らしい特徴が現れています。また光溢れる空の描写も、ウィルスンによる風景画の美しい特徴です。


《原画の作者について》

 リチャード・ウィルスン(Richard Wilson, R.A. 1713 - 1782)はウェールズの画家で、幼い頃から優れた画才を示し、1729年から六年間ロンドンで学んだのちに独立しました。最初は肖像画を描いていましたが、1749年から六年間イタリアに滞在し、この頃から風景画に専念するようになって、ローマやカンパーニャを描いたすばらしい作品を制作しています。ウィルスンはイギリス最初の風景画家のひとりであり、王立アカデミーにも設立当初(1768年)から加わっています。

 ウィルスンは生前には十分に認められずに困窮のうちに亡くなったのですが、死後になって評価が高まり、1814年にブリティッシュ・インスティテューションの展覧会で七十点の作品が展示されたのをはじめ、数多くの作品がエングレーヴィングになりました。リチャード・ウィルスンの作品はロンドンのナショナル・ギャラリーに九点収蔵されているのをはじめ、イギリス、アイルランド、アメリカの多数の美術館で目にすることができます。


《版の作者について》

 ジェイムズ・カーター(James Carter, 1798 - 1855)はロンドン郊外のショアディッチ(Shoreditch)に生まれました。建築物を専門のテーマとするエングレーヴァー、エドマンド・ティレル(Edmund Tyrrel / Turrell, fl. 1800, + 1835)に弟子入りし、修行中であった 1819年に優れたデッサンを評価されて、王立美術協会(the Royal Society for the Encouragement of Arts, Manufactures and Commerce, RSA)から銀メダルを受賞しています。カーターがエドマンド・ティレルに弟子入りしたのは、ティレルが草創期のスティール・エングレーヴィングにおいて最も活躍していた時期であり、この技法をいち早く自分のものにするうえで最良の時代でした。またティレルの下で学んだ建築物のエングレーヴィングは、カーターにとって後々大きく役立ちました。

 ロンドンの「ジ・アート・ジャーナル」("The Art Journal"は、十九世紀のイギリス美術に最も影響力があった豪華な美術誌です。この雑誌は版画のパブリシャーであるホジスン・アンド・グレイヴズ(Hodgson & Graves, 6 Pall Mall, London)によって発刊されました。当初の雑誌名は「ジ・アート・ユニオン・マンスリー・ジャーナル」("the Art Union Monthly Journal")で、1839年2月15日、第一号の七百五十部が発行されました。「ジ・アート・ユニオン・マンスリー・ジャーナル」は 1848年、ロンドンの出版業者ジョージ・ヴァーチュー(George Virtue, 1794 - 1868)によって買収され、翌 1849年、誌名を「ジ・アート・ジャーナル」("The Art Journal")に変更しました。

 新生した「ジ・アート・ジャーナル」誌は、同誌の主要エングレーヴァーのひとりとして、ジェイムズ・カーターを抜擢しました。ジェイムズ・カーターが同誌に寄せた最初の作品は、フレデリック・グドール(Frederick Goodall, RA, 1822 - 1904)の「村祭り」("The Village Festival")で、1848年に版の制作を始め、1850年に版画が完成しました。エングレーヴィングによる「村祭り」は最高水準の作品として激賞されましたが、1853年に同誌で発表したウォード(Edward Matthew Ward, RA, 1816 - 1879)の「南海の泡」("The South-Sea Bubble")は、前作をも凌ぐ傑作と称えられました。ジェイムズ・カーターは「ジ・アート・ジャーナル」のために合計四点のエングレーヴィングを制作しており、あとの二点は 1850年に発表した本品「ヴィッラ・アドリアーナ」("Hadrian's Villa" after Richard Wilson, R.A)と、1853年に発表した「秘密の釣り場所」("Angler's Nook" after Patrick Nasmyth)です。

 ジェイムズ・カーターは「ジ・アート・ジャーナル」の仕事は亡くなる年まで続けたほか、各地の美しい風景を収録して人気があった1830~40年代の版画集「ザ・ランドスケイプ・アニュアル」「ピクチャレスク・アニュアル」にも作品を提供しています。また風景画だけではなく、肖像画にも優れた作品を残しています。


《この作品について》

 本品の画面には五人の人が描かれていますが、人物には重点が置かれておらず、何よりも風景画として鑑賞されるべき作品です。画面のおよそ半分を占める空も、画題となっているハドリアヌス別邸の建物も、その描写は見事というしかありません。





 上の写真は地面に立っている右端の人物の真上、雲と青空の境目あたりを拡大撮影しています。定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。エングレーヴィングの画面は、溝の幅と深さを変化させ、インクの量を調節することによって明暗を調節します。上の写真には明暗が急激に変化する箇所も写っていますが、明暗の変化の滑らかさが無段階といえる部分も含まれます。目を細めて写真を見ると、明暗の変化がわかります。しかしながら版を制作する際に、エングレーヴァーに見えているのは金属板のみです。ジェイムズ・カーターは、彫刻刀にかける微妙な力加減を完全に制御し、これほど拡大した写真でも判別困難な水準の細かさで、溝の幅と深さを調節しています。





 十九世紀のエングレーヴィングは、原画の複製を意図して制作された場合であっても、版画技法の特性により、原画とは異なる美的特質を備えた版画作品となります。リチャード・ウィルスンの原画は細密な作風ではなく、建物の石材や木の葉はひとつひとつが明瞭に描かれてはいません。しかしながら本品のエングレーヴァー、ジェームズ・カーターは、上の写真でもお分かりいただけるように、暗部においては一ミリメートルあたり六本もの溝を刻んでいます。この細密な描写により、粗末な石壁のテクスチャは、写真に勝る質感を以て紙に写し取られています。


《額装について》

 版画は未額装のシートとしてお買い上げいただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。下の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、青色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装の本体価格は 24,800円です。



 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や緑、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





エングレーヴィングの本体価格 31,000円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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