極稀少品 フレデリック・レイトン卿 「オダリスク」 ヴィクトリア朝絵画におけるオリエンタリズム エングレーヴィングでスフマートを再現 ラム・ストックスによる超絶技巧の名品 1876年

Odalisque


原画の作者 フレデリック・レイトン卿(Frederic Leighton, PRA, 1st Baron Leighton of Stretton, 1830 - 1896)

版の作者 ラム・ストックス(Lumb Stocks, R. A., 1812 - 1892)


画面サイズ  縦 275 mm  横 142 mm



 フレデリック・レイトン卿が 1862年に描いた油彩画「ザ・オダリスク」を、スティール・エングレーヴィングに再現した作品。高名なエングレーヴァー(版画家)、ラム・ストックスによる珠玉の名品です。

 ラム・ストックス(Lumb Stocks, R. A., 1812 - 1892)は十九世紀イギリスにおけるたいへん高名な芸術家であり、ジョン・ランドシーア(John Landseer, R. A., 1769 - 1852)の後を襲って王立アカデミー会員に選出されています。





 「オダリスク」とは、中近東のハーレムで女性たちの世話をする女奴隷のことです。本品に描かれたオダリスクは、浴場の外でベランダの手すりに身を預けて、美しく立派な白鳥を眺めながら物思いに耽っています。悲しげな表情を浮かべているのは、自由を持たない奴隷である自らの身を、翼を持つ白鳥と比べているのでしょう。

 古典彫刻のような姿勢、衣を通してうかがわれる美しい肢体、帯と孔雀の羽根の鮮やかな色彩、それに対する純白の衣のコントラストなど、この作品が絵画という平面作品でありしかもモノクロームの版画であることを忘れさせるすばらしいできばえです。湯浴みする女性たちの声が浴場の中から聞こえてくる気さえしてきます。


(下) Sir Frederic Leighton, "The Odalisque", 1862, Oil on canvas, 45.7 x 90.8 cm, private collection




 フレデリック・レイトンの原画は、軟焦点写真のように柔らかなタッチで描かれています。オダリスクが頭と腰に巻いている布の織り柄は、輪郭が比較的明瞭に描かれていますが、それ以外の部分は明瞭な輪郭線を持ちません。クジャクの羽根や白鳥の羽毛が明瞭な輪郭を持たないのは当然ですが、オダリスクの顔の各部も、肌と背景の境目も、すべてスフマート(伊 sfumato)でぼかして描かれています。エングレーヴィングの名手ラム・ストックスは、原画に見られるこのような特徴をすべて再現しています。





 アンティーク・エングレーヴィングの細密さは、原寸大の写真によって再現することができません。コンピューターのモニターで表示するために、版画の全体像を把握しやすいサイズまで画素数を落とすと、細部はすべて失われます。細部がどのように彫られているかを示すためには、版画の数か所を選んで接写し、顕微鏡写真のような拡大写真で示すしかありません。

 本品を制作したエングレーヴァー、ラム・ストックスが、本品の各部をどのように彫っているのかを、拡大写真で示します。以下の拡大写真は、いずれも実物の面積を数百倍に拡大しています。





 上の写真はオダリスクの頭部と右腕を拡大しています。写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。一本一本の髪の毛が丁寧に彫られており、額(ひたい)の右(向かって左)、腕との間に挟まった部分にも、ウェーヴのかかった毛先が覗いています。オダリスクは眼を半ば閉じていますが、瞳はぼかされつつも表現されています。

 頭に巻いた布の織り柄は、輪郭線を有します。すなわち、織り柄の暗部はインタリオの溝が太く深く刻まれ、ここに大量のインクが入ることで紙に濃く転写されますが、ラム・ストックスは暗部を線で囲み、輪郭を明瞭化しています。これに対して布と髪の境目は判然としません。原画において、布の輪郭はスフマートによりぼかされていますが、ラム・ストックスのエングレーヴィングはこの部分のスフマートを原画のままに再現しています。





 オダリスクの右腕には明るい陽の光が当たり、背景の暗部とコントラストを為しますが、フレデリック・レイトンの原画では、やはり輪郭がぼかされています。上の拡大写真を見ると、ラム・ストックスは人体の丸みを表すために、腕の輪郭に近づくにつれてインタリオの溝を破線から直線へと変更し、クロスハッチを施し、最も端の部分ではクロスハッチの菱形の内部に点を打っています。しかしながらさらに注意深く観察すると、腕の輪郭部分において、インタリオの線は互いに接続せず、およそ 0.1ミリメートルの隙間が開けてあることがわかります。この極小の隙間、あるいは故意の彫り残しによって、ラム・ストックスは原画のスフマートを再現しています。頭部と腕の境目にも、同様の処理が為されています。





 上の写真は頭部の後ろに覗いているオダリスクの右手と背景の境目です。手の輪郭部分でインタリオの線がつながっていないのは、前腕部の場合と同様です。

 背景の暗部はエングレーヴィングではなくエッチングで表現されています。ここは木の葉が繁っていますが、エッチングの並行線は微小な面ごとに分割され、一枚一枚の木の葉が丁寧に描き出されています。





 顔の拡大写真。定規のひと目盛りは一ミリメートルです。半ば閉じた目の瞳を表現するために、ラム・ストックスは輪郭線を用いず、インタリオの線を太く深くすることによってのみ、瞳を描き出しています。左目の周囲と鼻梁には陽が当たっているので、インタリオの線が破線になっていますが、左目の鼻に近い部分と眉には実線を用いて明度を下げています。





 上の写真はオダリスクの下半身の輪郭で、背景の石壁との境界部分です。布の織り柄は輪郭線を有しますが、布と石壁の境界には明瞭な輪郭線がありません。





 孔雀の羽根を拡大します。クジャクの羽根に見られる多数の目のような模様は輪郭線を持たず、オダリスクの瞳の場合と同様に、インタリオの線の太さを変化させることによって」表現されています。オダリスクの瞳と孔雀の羽根が異なるのは、前者がエングレーヴィング、後者がエッチングで制作されていることです。





 白鳥のおしりのあたりです。白鳥の羽毛もエッチングですが、孔雀の羽根よりも線が細いため、明度が明るいだけでなく、いっそう柔らかな質感が実現しています。インタリオの並行線が作る数平方ミリメートルの小面が、一枚一枚の羽毛をリアルに再現しています。


 スティール・エングレーヴィングは精密である反面、画面がいくぶん硬質になりがちです。しかしながらラム・ストックスは彫刻刀を巧みに操り、油彩画のスフマートまでも完璧に再現しています。スティール・エングレーヴィングは、名手の手に掛かれば、どのような質感でも表現できる可能性を有します。本品は卓越した能力を有する版画家が、エングレーヴィングの潜在力を自在に引き出した好例といえます。


《原画の作者について》

 フレデリック・レイトン卿(Frederic Leighton, 1st Baron Leighton of Stretton, 1830 - 1896)はイギリスの画家・彫刻家です。

 1846年、フレデリックの一家は医師であった父に連れられてフランクフルト・アム・マインに引っ越し、フレデリックは1850年から1852年までナザレ派の画家 シュタインレ(Edward Jakob von Steinle, 1810-1886)のもとで絵を学びました。 「ブルネレスキの死」(1852年)のような初期の作品において、テーマ、様式ともにイタリア古典美術の影響が色濃く見られるのはこのせいです。

 1855年にローマで製作した大作「フィレンツェの街を行くチマブエの聖母」("Cimabue's Celebrated Madonna Is Carried in Procession through the Streets of Florence")は同年夏の王立アカデミー展覧会で大きな注目を集め、ヴィクトリア女王によって買い上げられました。この作品は美術史家ヴァザーリ(Giorgio Vasari, 1511 - 1574)の有名な本「ルネサンス画家・彫刻家・建築家列伝」("Vite de piu eccellenti pittori scultori ed architettori", 1550)に取材しています。


《版の作者について》

 版の作者ラム・ストックス(Lumb Stocks, 1812 - 1892)はたいへん優れたエングレーヴァーで、王立アカデミー会員でもあります。ヨークシャーに生まれ、十五歳のときから六年間、高名なエングレーヴァー、チャールズ・ロウルズ(Charles Rolls, fl c. 1820-55)のもとで学びました。

 ラム・ストックスの作品は、様々な本やアニュアル、「イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ」(1842)、「ジ・アート・ジャーナル」(1849 - 1912)、「ザ・ポートフォリオ」(1883)、またフィンデン(William & Edward Finden)監修の「ロイヤル・ギャラリー・オヴ・ブリティッシュ・アート」(1838 - 40, 15 vols.)でも目にすることができます。


《額装について》




 版画は額装せずにシートの状態でお買い上げいただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。上の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、青色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装の価格は 24,800円です。

 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や青、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





エングレーヴィングの本体価格 58,800円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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