極稀少品 ヨーゼフ・マリア・グラッシ作 「ルイーゼ王妃」 19世紀のクロモリトグラフィ
"Koenigin Luise", Chromolithographie nach dem Werk von Josef Maria Grassi
原画の作者 ヨーゼフ・マリア・グラッシ (Josef Maria Grassi, 1757 - 1838)
画面サイズ 255 x 185 mm 額のサイズ 44 x 55 cm
オーストリアの画家ヨーゼフ・マリア・グラッシ (Josef Maria Grassi, 1757 - 1838) がプロイセン王妃ルイーゼ (Koenigin Luise, 1776 - 1810) を描いた油彩画に基づくクロモリトグラフィ(多色刷り石版)。原作はホーエンツォレルン家の所有で、ベルリン、シャルロッテンブルク宮殿に収蔵されています。
この作品において、ルイーゼ妃は大粒の宝石を散りばめた金の冠あるいは髪飾りを着けています。肩のブローチ、右腕の腕輪にも見事な宝石が使われています。しかしそれらのジュエリーも美しい王妃の引き立て役に過ぎず、王妃自身の輝きの前に、この世で最も美しい宝石さえもが色を失うかのように思えます。
画面の左下に "Grassi pinx."、右下に "2556" と書かれています。"pinx."
はラテン語 "pinxit" の略記で、「描いた」という意味です。ヨーロッパのアンティーク版画では、画面の左下に原画の作者名を入れる決まりになっています。エングレーヴィングやエッチングの場合、版画の画面右下には版の作者の名前が入りますが、本品はリトグラフですので、版画工房が定めた図版番号が書かれています。
その下には流麗な書体のドイツ語で「ケーニギン・ルイーゼ」(Koenigin Luise ルイーゼ妃)と書かれ、その左下にはベルリンの版画工房名「フォトグラーフィッシェ・ゲゼルシャフト・イン・ベルリン」(Photographische
Gesellschaft in Berlin) が、やはり流麗な書体で刻まれています。「フォトグラーフィッシェ・ゲゼルシャフト・イン・ベルリン」は19世紀半ばから20世紀初頭にかけて存在した版画工房で、リトグラフ、フォトグラヴュア、エングレーヴィング等、多岐にわたる高品位の版画作品を製作していました。
本品は当店にて保存額装を行いました。使用されている二枚のマットのうち、外側のものは当店で付加した良質な中性紙(非酸性紙)マットです。内側のマットはこの版画と同時代のもので、やはり質の良い中性紙マットです。
内側のマットには幾重にも亙る美麗な縁が水彩によって描かれ、多彩色の華やぎと、あたかも多数のマットを重ねたかのような奥行きを産み出しています。水彩の線は手描きですので、世界に一点の額装となっています。これはフランスで多用される「ラヴィ」(lavis)
という額装技法です。
手彩色による本品のラヴィ
グラッシがこの作品の原画を描いたのは、1804年、ルイーゼ妃が28歳の頃です。その2年後である 1806年、当時はまだ弱小国であったプロイセンは、第一帝政フランスとの戦争に突入してすぐに惨憺たる敗北を喫し、膨大な賠償金を課せられた上に、賠償金を完済するまでフランス軍の駐留を認めるという屈辱的なティルジット条約を結ばされます。国王一家はケーニヒスベルク(現在のロシア領カリーニングラード)、さらにメーメル(現在のリトアニア領クライプダ)まで逃げることを強いられ、この作品が描かれた6年後の1810年、ようやくベルリンに戻った直後に、失意のルイーゼ妃は34歳の若さで亡くなります。
ルイーゼ妃はその生家であるメクレンブルク=シュトレリッツの城に父を訪ねて滞在中に亡くなったのですが、妃の遺体をベルリンの王宮に移送する間に、プロイセンの女性たちは黒い鉄製ジュエリーを身に着けて哀悼の意を表しました。また1813年には、プロイセン国内に駐留するフランス軍に対して蜂起する資金に充てるため、貴金属を供出するようプロイセンじゅうの女性たちに呼びかけが為され、女性たちはこれに応じて16万点もの金製ジュエリーを手放し、これを鉄のジュエリーに換えました。こうしてプロイセンには黒い鉄を素材にした独自のジュエリー文化が花開くこととなります。
しかしグラッシがこの作品を描いた1804年には、プロイセンは辛うじて中立を守り、女性たちの華やかな装いにも翳(かげ)りは見られません。ルイーゼ妃は類い稀な美貌で知られ、多くの画家が肖像画を手掛けていますが、生前に描かれた作品ばかりではありません。グラッシによるこの作品は、プロイセンが国難に襲われる前、幸せであった日々のルイーゼ妃をそのまま写し取った作品であり、歴史を知る後世の鑑賞者は、幸福そうなルイーゼ妃の微笑に胸を打たれます。
19世紀の版画は中性紙に刷られているため、酸性紙におけるような劣化がありません。この作品も特筆すべき問題は何も無く、たいへん良いコンディションです。