フリッツ・パウルゼン作 「授業が終わって」 フィラデルフィア、ゲビー社によるフォトグラヴュール 1880年代

Der von der Schuljugend geschneeballte Schornsteinfeger / Coming out of School


原画の作者 フリッツ・パウルゼン (Fritz Paulsen, 1838 - 1898)

版元 フィラデルフィア、ゲビー・アンド・カンパニー(Gebbie and Co, Philadelphia)


画面サイズ  縦 198 mm  横 232 mm



 放課後、子供たちがいっせいに外に出てきました。運悪くそこに通りかかったのは煙突掃除人です。子供たちはさっそく彼をからかって雪玉を投げつけます。最初に飛んできた雪玉に当たって帽子が地面に転がり、驚いて振り向いたとたんにはもう二個目が飛んできています。

 子供たちはついさっきまで鞭を持った先生に見張られて、薄暗い教室にじっと座らされていました。退屈な授業が終わると、子供たちの活発なエネルギーは爆発します。不運な通行人はたまたまそういうタイミングに学校の前を通りかかったために、相手の迷惑など考えないいたずらっ子のエネルギーのはけ口になってしまったようです。


 ヨーロッパに限ったことではありませんが、古代・中世の人々は近現代人のような合理的な世界観を持っていませんでした。人間を取り巻く自然は得体の知れない恐ろしいものであり、魔物や小人、地・水・火・風の精などが跳梁する魔界だったのです。そしてこのような自然のエレメントに関わり操る能力を持つ人は畏怖の目で見られました。

 しかしキリスト教が異教の神々を追放し、世界が合理的に説明されるようになると、自然に関わる能力のゆえに畏怖されていた人々に対する感情から畏れが消え去り、単なる異質の人々として意識されるようになります。こうして十二、三世紀以降のヨーロッパには社会の辺縁に位置する人々が誕生します。

 この作品に描かれているのはフランドルの町並みです。十三世紀以降のドイツ語圏では、火に関係する職業、つまり煙突掃除人、レンガ工、陶工、浴場主などは、水と大地に関わる粉挽き、天体の運行に関わる外科医(瀉血をする理髪師)などと同様に社会の辺縁に位置する存在であって、この感覚は十九世紀になってもまだ残っていました。この1枚の絵にもそのような社会史的現象が現れています。


《本品の版画技法について》

 本品はペンシルヴェニア州フィラデルフィアのゲビーー社(Gebbie & Co, Philadelphia)が制作したフォトグラヴュール(仏 photogravure)です。

 フランス語「フォトグラヴュール」、英語「フォトグラヴュア」は、わが国でいう「グラビア」(フォトグラビア)と同じ言葉です。しかしながら「グラビア」が実際には輪転機による産業的オフセット印刷であるのに対し、アンティーク・フォトグラヴュア(古典的フォトグラヴュール)は手作業で製版を行う平版であり、両者はまったく異なります。本品はフォトグラヴュールの長所を最大限に活かしつつ、この技法の弱点を版画家の手作業で補って、版画作品としての完成度を最高度に高めています。

 本品において、フォトグラヴュールの長所は次のように活かされています。

・フォトグラヴュールの第一の長所 ― 細密性

 フォトグラヴュールの第一の長所は、きめの細かさです。





 上の写真は現代のグラビア印刷を拡大して撮影したものです。写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。美術画集等を肉眼で見ると十分に美しく見えますが、現代のグラビア印刷は網点で構成されており、強力なルーペで拡大するとこのように見えます。





 上の写真は本品の一部を拡大して撮影したものです。写っている面積はグラビア印刷の拡大写真よりも大きいですが、縮尺は同じです。写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。古典的フォトグラヴュールにはもともと網点が存在せず、画像のテクスチャは無段階の滑らかさで再現されます。手前に大きく描かれた子供たちはもちろんのこと、背景に描かれている子供たちの顔にも、生き生きとした表情が再現されています。


・フォトグラヴュールの第二の長所 ― 明暗の再現性

 フォトグラヴュールの第二の長所は、非常に明るい部分及び非常に暗い部分が正確に再現できることです。







 フォトグラヴュールは金属の平版を用いる版画技法で、写真の原理を応用したものですが、明度を無段階に表現する再現性は、写真よりもはるかに優れています。技術的に未発達であった十九世紀の写真は言うに及ばず、デジタルカメラによる現代の写真においても、極端に明るい部分や暗い部分は写真でうまく再現できません。明るい部分は真っ白に色が飛び、暗い部分は真っ黒に潰れてしまいます。これに対してフォトグラヴュールは明暗の階調を、肉眼で見えるとおりに、無段階的に正確に再現します。


・フォトグラヴュールの弱点を補う工夫 ― 他の技法を併用した版の仕上げ

 以上で見たように、フォトグラヴュールは極めて優れた版画技法であり、描写の細密さ、及び明暗の再現の正確において並ぶものがありません。唯一の弱点は、色相の区別です。フォトグラヴュールは単色の版画であるゆえに、色相の違いを表現できません。分かりやすい事例を引けば、隣り合う二色の明度が同じであれば、色相が全く異なっていても、色の境界を判別できないのです。

 それゆえフォトグラヴュールは、写真の原理による版画ではあっても、写真のように機械的に制作することはできず、エングレーヴィングエッチングメゾティント等の技法を部分的に混用し、手作業による大幅な修正を版に加えて、単色版画ゆえの弱点を補う必要があります。





 上の写真の左手前に描かれた子供たちを拡大しています。版画を肉眼で見ても気づきませんが、ここまで大きく拡大すると、左端の少女の頭巾に、メゾティント用ロッカーによる加工が加えられていることがわかります。

 フォトグラヴュールは写真の原理を応用した技法とはいえ、製版に非常な手間がかかります。フォトグラヴュールの制作にかかる労力は、他の版画技法とかわりません。


《額装について》

 版画は未額装のシートとしてお買い上げいただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。下の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、緑色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装の価格は 24,800円です。





 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や青、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





フォトグラヴュールの本体価格 25,800円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




子供を描いたフォトグラヴュア作品 商品種別表示インデックスに戻る

子供を描いたエングレーヴィング作品 商品種別表示インデックスに移動する


19世紀版画 象徴主義と風俗画 一覧表示インデックスに移動する


19世紀を中心としたアンティーク版画 商品種別表示インデックスに移動する


美術品と工芸品 商品種別表示インデックスに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS