チャールズ・ジェイムズ・ルイス作 「水車屋の戸口」 中世の残響を留めるエングレーヴィング 高名な版画家による名品 ニューヨーク、D. アップルトン社 1880年代

The Mill Door


原画の作者 チャールズ・ジェイムズ・ルイス(Charles James Lewis, R. I., R. O. I. 1830 - 1892)

版の作者 ジェイムズ・チャールズ・アーミテイジ(James Charles Armytage, 1802 - 1897)


パブリシャー ニューヨーク、D. アップルトン・アンド・カンパニー(D. Appleton & Co, New York)


画面サイズ  縦 247 mm  横 164 mm



 水車小屋の日常風景を、温かい目で描いた作品。開け放した戸口を通して、手前に暗い屋内、奥に明るい窓が見えています。奥の窓の向こうに見える小川の流れは日の光を浴びてきらきらと輝き、手前に吊るされたロープのシルエットとの対比によって、三次元的な奥行きが巧みに強調されています。小麦袋の上には、水車屋にお決まりの猫の姿も見えます。戸口の上には ケントのシンボルである白馬をデザインした紋章が見えます。

 幼い女の子の可愛い声に、水の音、水車と碾き臼が回る音、鳩の鳴声が混じり合います。たくさんの穀物を粉にする水車小屋は、おこぼれにあずかる鳥たちのお気に入りの場所でもあるのです。日差しの温かさ、耳に心地よい音、製粉される小麦の香りが感じられ、あたかも絵の中に引き込まれるような錯覚を覚えます。





《原画の作者について》

 本品の原画を描いたのは、チャールズ・ジェイムズ・ルイス(Charles James Lewis, R. I., R. O. I. 1830 - 1892)です。C. J. ルイスは人々の生活や身近な風景を多く描いたイギリスの画家で、1853年から1890年のあいだに出品していた王立アカデミーをはじめ、数多くの展覧会に作品を出品しました。1882年には王立水彩画家協会の会員に選ばれています。

 本品はイングランド南東部、ケント州セブンオークス(Sevenoaks)近郊にある小さな村でのスケッチに基づく作品です。ルイスはこの絵を、1867年に、ロンドンの王立アカデミーに出品しています。


《版の作者について》

 ジェイムズ・チャールズ・アーミテイジ(James Charles Armytage, 1802 - 97)はイギリスで最も優れたエングレーヴァーのひとりで、風景画、人物画、歴史画など約二百点の作品を残しています。

 一般の人が旅行をすることなど少なかった十九世紀に各地を広く旅行した医師であり詩人でもある ウィリアム・ビーティ(William Beattie, M.D. 1793 - 1875)の監修による美しい旅行書「スコットランド・イラストレイテッド」(Scotland Illustrated, 1838)、アメリカの詩人・小説家であり旅行家でもあるナサニエル・パーカー・ウィリス(Nathaniel Parker Willis, 1807 - 1867)の監修による美しい旅行書「アメリカン・シーナリ」(American Scenery, 1840)、スコットランドの詩人 ロバート・バーンズ(Robert Burns, 1759 - 1796)の全集(1840)のための挿絵、美術誌「ジ・アート・ジャーナル」(The Art Journalのための図版などで、アーミテイジによる数々の美しいエングレーヴィング作品を目にすることができます。また1880年代から 90年代にかけて、多数のターナー作品をエングレーヴィングにしています。

 十九世紀イギリス最大の批評家ジョン・ラスキン(John Ruskin, 1819 - 1900)はアーミテイジの版画芸術を非常に高く評価しており、 「建築の七灯」(The Seven Lamps of Architecture, 1848)、「ヴェネツィアの石」(The Stones of Venice, 1851 - 53)、「近代絵画論」(Modern Painters, 1843 - 60)等、多数の著書の図版を、アーミテイジに委託しています。特に「近代絵画論」のための図版はアーミテイジ作品のなかでもたいへん有名です。


《この作品について》

 チャールズ・ジェイムズ・ルイスが水車小屋に住む母子を描いたこの愛すべき作品は、ジェイムズ・チャールズ・アーミテイジの卓越したビュラン(彫刻刀)により、如何にもイギリスの風景画らしい原画の雰囲気そのままに、美しいエングレーヴィングに仕上げられています。

 上下に分かれた下の扉の右側に、ふたりの女の子が立っています。女の子は二人とも幼いですが、とりわけ年下の子は一歳ぐらいで、危なっかしい足取りです。妹は母を見上げ、丸々と太った小さな手を差し伸べて、サクランボを指さしています。後ろの女の子は妹が転ばないように体を支え、周囲の危険にも注意して、一生懸命に小さいお姉さんの役割を果たしています。





 粉挽き屋の妻はドアにもたれ、近くで摘んできたさくらんぼを手に持って、幼児に歩く練習をさせています。女性は若く、顔立ちはたいへん整っています。長いまつげの目を細めて、二人の娘に愛情深いまなざしを注ぐ女性の口元には微笑みが浮かび、幸せな日常を映し出しています。





 下の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。アーミテイジは精緻なエングレーヴィングによって若い女性の滑らかな肌を輝かせ、エッチングの柔らかな線によって、衣の襟のふわふわした感じを巧みに再現しています。髪の流れも一本ずつ丁寧に彫られています。





 幼い子の肌は日が当たる明部なので、クロスハッチをまったく用いず、並行する破線のみで彫られています。髪の色も、母や姉より明るく表現されています。





 画面右下に群れる鳩のような細部にも、エングレーヴァー、アーミテイジの優れた技術が表れています。下の画面左上の鳩は後半身が日陰にありますが、鳩の体は地面よりも明るく、軟らかい羽毛で被われています。アーミテイジは地面を彫るのにエングレーヴィングとエッチングを混用し、鳩の体には一貫してエッチングのみを用いています。





 本品は子供を描いた作品であるとともに、女性を描いた作品でもあります。水車屋の若き妻はたいへん美しく、仕事着とは思えない衣装を身に着けて、手前に大きく描かれています。

 中世ヨーロッパの村落共同体において、水車屋に住む粉ひきの家族は領主に直属し、徴税の一端を担いました。中世の農業は現代では考えられないほど効率が悪く、播種した量とさして変わらないほどの収量しか得られなかったので、そこから税を引かれる農民の苦痛は大きく、また水車屋の人が不正に穀物を横取りしているのではないかと心配する者も多くいました。これらの合理的理由に加えて、そもそも水車屋の主人は、水力を操る能力を有するゆえに、畏怖すべき賤民と看做されていました。

 十九世紀になって合理的思考が広まり、中世の人々が水車屋の主人に抱いていた反感や不合理な差別意識が過去のものになっても、彼らを特別視する感覚は残りました。ロマン主義の時代における「美しき水車屋の娘」のイメージは、過去のものとなった反感や差別意識の裏返しです。この作品に描かれた美しい若妻の姿は、いかにもロマン主義的な「美しき水車屋の娘」そのものですが、われわれはそこに中世の残響を聞くことができます。


《額装について》



 版画は未額装のシートとしてお買い上げいただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。上の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、緑色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装の価格は 24,800円です。

 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や青、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。





エングレーヴィングの本体価格 32,800円 (額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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