第二部 生物進化史

19. 結語 進化の研究から分かること

 これまでの講義で、人間が特別な存在ではないことがわかってもらえただろうか。私たちは人間を特別だと思いがちだが、それは自分がたまたま人間として生まれたからだ。もしもアリに生まれていれば「アリだけは特別だ」と思うだろうし、もしもネコに生まれていれば、「ネコほど偉い生き物はいない!」と思うだろう。ネコを見ていると、もしかしたらネコは本当にいちばん偉いのかもしれないとも思うが、犬の意見は多分違うだろう。

 

 日本で売っている世界地図は、日本を中心にして描かれている。しかしイギリスの世界地図ではイギリスが中心で、日本は地図の外に落ちてしまいそうな端っこに描かれている。

 

 

 進化についてもこれと同じことが言える。

 

 この教科書でも、「ナメクジウオは原始的な生物だ」というようなことを、何度か書いてしまった。しかしナメクジウオがカンブリア紀から姿を変えていないのは、もともとの完成度が高いからだといえる。もともと高い完成度を、五億二千万年もかけてさらに高めたのだから、完璧な仕上がりだ。最近現れた哺乳類のなかでも、さらに新入りの人間など足下(あしもと)に及ばない。もしもナメクジウオが脊索動物の系統樹を描けば、ナメクジウオはいちばん上の中心に、人間は下の方の枝先に来るだろう。

 

 これまでの講義で分かってもらえたように、生物は、進化によって獲得した機能をひとり占めせず、気前よく子孫に譲ってきた。祖先が譲ってくれた機能が時代遅れになっても、子孫はそれを改良しながら大切に使い続けて、次の子孫に伝えた。ときには祖先でも親戚でもなく、友達でさえない生物から、すばらしい贈り物をもらうこともあった。こうやって祖先や他の生物に助けられ、生まれてきたのが現生生物だ。

 

 人間が自分の力で発明した仕組みは、何もない。発生の仕組みも、胎児の成長の仕組みも、授乳の仕組みも、呼吸の仕組みも、タンパク質合成の仕組みも、子孫を残す仕組みも、すべて他の生き物が気前よくプレゼントしてくれたものだ。だから、人間が偉そうにするなんて、とんでもない。他の生き物に対して、ただただ感謝しなければいけない。

 

 「いちばん偉い生き物」など、どこにもいない。これまでもいなかったし、今もいないし、将来も出現することは決してない。なぜなら、どの生物のどの機能も、他の生物から貰ったものにすぎず、その生物が自力で創り出したのではないからだ。それに生物は、自分が手に入れた機能をひとり占めせず、次の生物に渡してきた。つまりそれぞれの生物が持つ機能は、一時的に借りたものだ。ひとからの借り物を、まるで自分が発明した自分だけの物であるかのように勘違いし、偉そうに自慢するのは、愚(おろ)かで恥ずかしいことだ。

 

 進化が休まず起こり続けていることも、これまでの講義で分かってもらえただろう。もしも小惑星が地球に衝突しなければ、進化は永遠に続いてゆく。数百万年後の人から見れば、現生人類は原始的な霊長類だ。数億年後の未来から見れば、現代はカンブリア紀みたいなものだ。人間の化石は博物館に展示されて、「アノマロカリスのように凶暴な原始生物」という説明が書かれるだろう。

 

 

 アカデミア神戸が目指すのは、自分を相対化する視点を持てる人になることだ。進化生物学から学び取ってほしいのも、このことにほかならない。

 

 「どの生き物も、みんな平等で大切だ」というのが、この講義の結論だ。





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