第二部 生物進化史

17. 胚膜

 陸上に進出した脊椎動物の卵には、羊膜(ようまく)尿膜(にょうまく)ができた。

 

 

 卵から生まれることを卵生(らんせい)、お母さんのおなかから生まれることを胎生(たいせい)という。卵生、胎生を問わず、すべての動物の胚(はい 胎仔、胎児)は、水の中に浮かんでいる。

 

 魚と両生類の卵は水中にあり、薄い膜(まく)を通して外の世界とつながっている。だから魚と両生類の胚は、卵の中にあるけれど、外の水に浮かんでいるのとほぼ同じ状態だ。

 

 ところが陸上動物の場合、卵の周囲に水が無い。だから卵の中には、胚が浮かぶための小さなプールが作られている。このプールを囲う膜が羊膜(ようまく)だ。羊膜が無いと、胚は乾いて死んでしまう。陸上動物の卵に、羊膜は絶対に欠かせない。

 

 

 羊膜と並んで大切なのが、尿膜(にょうまく)だ。

 

 動物の胚も、代謝を行う。代謝を行えば、代謝廃物(尿 おしっこ)が必ずできてしまう。哺乳類の胎児は自分の代謝廃物を、へその緒と胎盤を通じてお母さんに渡すので、何の問題も起こらない。しかし陸上動物の卵では問題が起こる。

 

 水中に産み落とされる魚と両生類の卵には、固い殻が無く、卵の中は外の世界とよく繋がっている。水が卵の内外を自由に行き来しているのだ。したがって魚と両生類の胚から出る尿は、卵から速やかに排出され、周りの大量の水に溶けて無くなってしまう。

 

 しかし爬虫類と鳥、一部の哺乳類(ハリモグラとカモノハシ)では、卵は陸上に産み落とされる。卵の周りに水は無く、卵は乾燥を防ぐためにしっかりとした殻に包まれている。だから胚から出た尿を、卵の外に捨てることはできない。陸上動物の卵では、胚が排出する尿を、生まれるまで卵の中に蓄えるしかない。そのために必要なのが尿を蓄える袋、尿膜だ。尿の毒性はアンモニアほどではないが、胚にとっては有害だから、尿は羊膜とは別の袋、尿膜に排出され、厳重に隔離される。

 

 ハリモグラとカモノハシ以外の哺乳類、たとえば猫やクジラや人間は、お母さんの子宮(しきゅう)胎盤(たいばん)ができる有胎盤類(ゆうたいばんるい)だ。有胎盤類の胎児も代謝をしているが、胎児から出た代謝廃物は、胎盤とへその緒を通して母体に戻される。だから猫やクジラや人間の胎児には、尿膜は必要無い。また胎児の代謝に必要な栄養と酸素は、胎盤とへその緒を通って母体から送りこまれる。

 

 これに対して卵の胚は母体から栄養をもらい続けることができないので、お弁当を持っている。卵黄(らんおう 黄身)は胚の弁当だ。脊椎動物(魚、両生類、爬虫類、鳥、ハリモグラ、カモノハシ)の卵も、無脊椎動物(昆虫など)の卵も、あらゆる卵は、全て胚の弁当、卵黄を持っている。卵黄は卵を産まない哺乳類の子宮内にもある。妊娠初期には胎盤がまだできていないので、卵を産まない哺乳類の胎児も、胎盤ができる以前に必要となる栄養分を、卵黄嚢(らんおうのう 卵黄を入れた袋)に入れて持っている。卵黄嚢は小さなお弁当箱だ。

 

 卵の胚は、お母さんから酸素を貰い続けることもできない。だから卵の表面には、肉眼で見ても分からない小さな孔が無数に開いていて、水中生物の場合は水が、陸上生物の場合は空気が、自由に通れるようになっている。

 

 爬虫類、鳥、ハリモグラ、カモノハシの卵の尿膜は、尿が溜まるとともに広がって、卵の殻の内側を広く被うようになる。そうすると、殻の孔から出入りする空気の流れが邪魔されて、胚が窒息(ちっそく)してしまう。

 

 これを防ぐために、尿膜の表面には多くの細い血管が張り巡らされて、ガス交換(酸素と二酸化炭素のやり取り)ができるようになっている。尿膜は、将来、膀胱(ぼうこう)になる部分だ。膀胱は尿を貯める袋に過ぎないが、尿膜は胚の尿を貯める袋であると同時に、胚の呼吸器でもあるのだ。





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