第二部 生物進化史

10. 二回目のカンブリア大爆発と、光スイッチ仮説


 二回目のカンブリア大爆発が起こった時代は、エディアカラ紀の終わりから約三千万年しか経っていない。それにもかかわらず、この時代の生物は、エディアカラ紀の生物に確認できない脳や目を持っている。わずか三千万年後に起こったにしては、これは非常に大きな進化だ。この進化の原動力になったのは、何だろう。

 

 お母さんのおなかや卵の中で、受精卵(じゅせいらん)が赤ちゃんになることを、「発生」という。発生が進むにつれて、内臓や手足など、いろいろな器官ができる。発生や器官の形成に関わる大切な遺伝子は「ホメオボックス遺伝子」と呼ばれて、いろいろな動物に共通している。

 

 二回目のカンブリア大爆発よりも以前に、ホメオボックス遺伝子は重複を起こした。ホメオボックス遺伝子が増えたせいで、以前には作れなかったような複雑な器官を作れるようになった。たとえていえば、使えるレゴ・ブロックの数が増えたのと同じことで、ブロックの数が少ないときには作れなかった器官が、作れるようになったのだ。

 

 ホメオボックス遺伝子の重複が起こったのが二回目のカンブリア大爆発よりも以前であることは確かだが、正確な年代は不明だ。しかしながら、分子時計に基づいて計算したところ、後生動物の遺伝子は六億五千六百万年前から六億年前に多様化していたという研究結果があり、ホメオボックス遺伝子の重複も、この頃に起こったと考えることができる。

 

 脳と目は、ホメオボックス遺伝子のひとつ、Pax6(パックス・シックス)という遺伝子によって作られる複雑な器官だ。目を作る潜在的な能力を遺伝子が獲得しても、目はすぐには作られなかった。目がある生物がいたことをはっきりと示す最古の化石は、中国南部、雲南省で発見されている。澄江(チェンジャン)生物群の下の層から出た三葉虫の化石で、地層の年代は五億二千百万年前だ。後生動物の遺伝子が多様化した年代(六億五千六百万年前から六億年前)とは、一億年前後のずれがある。

 

 五億二千百万年前よりも古くて、目を持つ動物の化石が、将来見つかる可能性はもちろんある。しかし目を持つ最初の動物が現れたのが五億二千百万年前だとしても、全く不思議はない。Pax6が獲得されてから実際に目が作られるまで、一億年前後が経っていることになるが、目のように複雑な器官が誘導される(遺伝子によって形作られる)ためには、それぐらいの長い時間がかかってもおかしくないからだ。

 

 二回目のカンブリア大爆発の話に戻る。二回目のカンブリア大爆発は五億二千百万年前から五億一千万年前に起こった事件で、その始まりは最古の目が出現した時期と完全に一致している。これは偶然ではなく、目の出現が二回目のカンブリア大爆発を引き起こしたのだと考えられる。

 

 「動物が目を獲得したことによって、二回目のカンブリア大爆発が起こった」とする考えを、「光スイッチ仮説」という。動物が光を見ることができるようになり、そのことが劇的な進化のスイッチを入れた、と考えるのだ。

 

 動物が目を獲得すると、進化のスピードが速くなるのはなぜだろうか。

 

 それは弱肉強食の世界に生きる動物にとって、目が非常に役立つからだ。最初に目を獲得した三葉虫は弱い生き物で、食べられる側だ。しかし目を獲得したことで、捕食者から逃げやすくなる。そうすると捕食者の側でも三葉虫に対抗して目を獲得する。そうすると三葉虫はさらに進化して、たとえば固い殻を身に着けたり、砂の中にもぐって隠れやすい体つきになる。そうすると捕食者はこれに対抗して、硬い殻をかみ砕く強力なあごを発達させたり、砂を掘るのに役立つ器官を発達させたりする。このようにして、食べる者と食べられる者の間に烈しい競争が起き、進化が加速すると考えられる。これが「光スイッチ仮説」だ。

 

 仮説とは、正しさがまだ証明できていない説(考え)のことだ。しかし光スイッチ仮説は化石の証拠とよく一致するので、二回目のカンブリア大爆発がどのように起こったのかを、最も合理的に説明する有力な仮説と考えられている。





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