コロナウイルス2019(SARS-COV-2)に関する論文の和訳

The New England Journal of Medicine ― Neutralization Profile after Recovery from SARS-CoV-2 Omicron Infection, N Engl J Med 2022; 386:1764 - 1766, doi: 10.1056/NEJMc2201607
 「コロナウイルス2019・オミクロン株感染から回復後の中和に関する概略」(『ニューイングランド・ジャーナル・オヴ・メディスン』 2022年 386巻 1764 - 1766ページ)

 ※ 広川による全訳。筆者(広川)の訳は正確であるが、こなれた日本語で分かりやすく記述することを重視したため、必ずしも逐語訳にはなっていない。


 Neutralization Profile after Recovery from SARS-CoV-2 Omicron Infection
 (コロナウイルス2019オミクロン株感染から回復後の中和に関する概略)
       
   Serum samples obtained from unvaccinated persons after infection with the B.1.1.7 (alpha), B.1.351 (beta), or B.1.617.2 (delta) variant of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) have been shown to neutralize the B.1.1.529 (omicron) variant only occasionally. Similarly, levels of neutralizing antibodies against the omicron variant are low and only short-lived after one or two doses of a coronavirus disease 2019 (Covid-19) vaccine but are enhanced in persons who have been vaccinated and have also been infected (i.e., those with hybrid immunity) or in vaccinated persons who have received a booster dose.    コロナウイルス2019(SARS-Cov-2)のワクチンを接種せずにアルファ株、ベータ株、またはデルタ株に感染した人から得られた血清サンプルが、オミクロン株を必ずしも中和しないことは既に示されている。これと同様に、コロナウイルス2019のワクチンを一回ないし二回しか接種していない場合も、オミクロン株に対する中和抗体のレベルは低く、短期間しか持続しない。しかしながらワクチンを接種され、かつ感染を経験することでハイブリッド免疫を獲得した人、あるいはワクチンのブースター接種を受けた人の場合は、オミクロン株に対する中和抗体のレベルも持続期間も改善している。
       
   Little is known about neutralization profiles in persons who have recovered from infection with the omicron variant. Studies have focused primarily on either vaccinated persons who have had breakthrough infections with the omicron variant or unvaccinated persons whose history of previous infection is unknown.

Here, we report the results of an analysis of neutralization profiles against six SARS-CoV-2 variants in serum samples obtained from persons who had recovered from infection with the omicron BA.1 variant, with or without preexisting SARS-CoV-2 immunity.
    オミクロン株に感染し、その後に回復した人における中和の概略については、よくわかっていない。これまでの研究が主に対象としてきたのは、ワクチン接種済みでありながらオミクロン株にブレイクスルー感染した人、あるいはワクチンを接種せず感染歴も不明な人である。

 今回我々が報告するのは、コロナウイルス2019に対する免疫の有無にかかわらず、オミクロンBA1株に感染し、その後回復した人から得られた血清が、コロナウイルス2019の六種の変異株を中和する能力の概略を分析したものである。
       
   In this retrospective study, we obtained serum samples 5 to 42 days after each person's first positive polymerase-chain-reaction (PCR) assay during infection with the omicron BA.1 variant. We included persons who had one of four constellations of SARS-CoV-2 immunity before infection with the omicron BA.1 variant:

vaccinated without previous SARS-CoV-2 infection (15 persons);
unvaccinated without previous SARS-CoV-2 infection (18 persons);
vaccinated, with previous infection with the D614G (wild-type), alpha, or delta variant (11 persons); or
unvaccinated, with previous infection with the wild-type, alpha, or delta variant (15 persons).

Details regarding demographic and clinical characteristics of the study population are provided in Tables S1 through S5 in the Supplementary Appendix, available with the full text of this letter at NEJM.org.
    この後ろ向き研究において我々が手に入れたのは、オミクロンBA1株に感染後初のPCR検査で陽性になって5日ないし42日後の血清である。血清提供者はオミクロンBA1株に感染するよりも以前に、コロナウイルス2019に対する四つの免疫型のいずれかを有していた。すなわち、

・ワクチン接種済みであり、コロナウイルス2019に感染したことがなかった人が15名、

・ワクチン未接種で、コロナウイルス2019に感染したことがなかった人が18名、

・ワクチン接種済みであり、コロナウイルス2019の野生株、あるいはアルファ株、あるいはデルタ株に感染したことがあった人が11名、

・ワクチン未接種で、コロナウイルス2019の野生株、あるいはアルファ株、あるいはデルタ株に感染したことがあった人が15名。

   We analyzed neutralizing antibodies against the following replication-competent SARS-CoV-2 variants: wild-type, alpha, beta, P.1 (gamma), delta, and omicron BA.1. We included the time point with the highest titers against BA.1 in the main analysis (Fig. S1).     研究対象者の人口別及び診断別の特性については、表S1からS5に示している。これらの表は当小論の全文とともに、ニューイングランド・ジャーナル・オヴ・メディスンのウェブサイトで見ることができる。我々が分析したのはコロナウイルス2019野生株、アルファ株、ベータ株、P1(ガンマ)株、デルタ株、オミクロンBA1株に対する中和抗体で、反復実験が可能である。BA1株に対して力価が最も高かった血清については、どの時点で力価が最高であったかを本文中の分析で取り上げた(図S1)。
       
   We found that neutralizing antibody titers against all the variants were high among vaccinated persons after omicron BA.1 breakthrough infection and among vaccinated or unvaccinated persons who had had previous infection with the wild-type, alpha, or delta variant before infection with the omicron BA.1 variant (Figure 1, Fig. S2, and Table S6).     我々の研究の結果、あらゆる変異株に対する中和抗体の力価が高いのは、次の二群であった。すなわち

・ワクチンを接種済みにもかかわらず、オミクロンBA1株にブレイクスルー感染した群

・ワクチン接種の有無にかかわらず、野生株またはアルファ株またはデルタ株に感染歴があり、その後オミクロンBA1株に感染した群

 ※ 関連する図表は図1、図S2、表S6。

    Mean neutralizing antibody titers against the omicron BA.1 variant were lower than those against the other variants among previously vaccinated persons but were similar to those against the other variants among unvaccinated persons who had had infection with the wild-type, alpha, or delta variant before infection with the omicron BA.1 variant.

    オミクロンBA1変異株に対する中和抗体の力価の中央値は、ワクチン接種を受けた人の場合、他の変異株に対する中和抗体の力価よりも低く、ワクチンが未接種で、オミクロンBA1の感染前に野生株、アルファ株、デルタ株に感染した人が他の変異株に対して有する中和抗体の力価と同程度であった。

   In contrast, samples obtained from unvaccinated persons who had not had previous SARS-CoV-2 infection before infection with the omicron BA.1 variant contained mainly neutralizing antibodies against omicron BA.1 but only occasionally contained neutralizing antibodies against the other variants.

    これとは対照的に、コロナウイルス2019のワクチン接種を受けず、他の変異株にも感染したことがない人がオミクロンBA1株に感染した場合、その人から得られる血清サンプルにはオミクロンBA1株に対する中和抗体を主に含んでおり、他の変異株に対する中和抗体を含むことは稀であった。

   It is surprising that 2 unvaccinated persons who were thought to have been reinfected had neutralizing antibodies against only the omicron BA.1 variant and 1 unvaccinated person had no neutralizing antibodies against any variant, despite the fact that each of the 3 persons had a reported single previous positive PCR assay for the delta variant 2 months before reinfection (Figure 1D). Because serum samples obtained from these persons did not neutralize the delta variant nor any of the other variants except for omicron BA.1, it is possible that the previous PCR assay had yielded a false positive result.     血清サンプルを提供した人のうち三名は、オミクロンBA1株に感染する二か月前に、PCR検査で一度だけデルタ株陽性になったとされていた。しかしながら驚くべきことに、この三名のうち、ワクチン未接種でコロナウイルスに再感染したと考えられる二人は、オミクロンBA1株に対する中和抗体しか持っていなかった。さらにもう一名は、どの変異型に対する抗体も持っていなかった(図 1D)。これら三名から得られた血清サンプルは、二名がオミクロンBA1株に対する中和抗体を有する以外、デルタ株も、他のどの変異株も中和しなかった。それゆえ以前のPCR検査の陽性判定が間違っていた可能性が考えられる。
       
   Despite certain limitations of this study, including the small sample size and retrospective study design (Table S7), our data support the hypothesis that the omicron BA.1 variant is an extremely potent immune-escape variant that shows little cross-reactivity with the earlier variants.

    当研究にはサンプル数が少ないこと、研究の設計上後ろ向き研究であるということ等の限界がある(表 S7)。しかしながら当研究で得られたデータは、オミクロンBA1が非常に強力な免疫回避能力を持つ変異株であり、それ以前の変異株とほとんど反応し合わないとの仮説を裏付けている。

   Therefore, unvaccinated persons who are infected with the omicron BA.1 variant only (without previous SARS-CoV-2 infection) might not be sufficiently protected against infection with a SARS-CoV-2 variant other than omicron BA.1; for full protection, vaccination is warranted.     それゆえワクチン未接種で、コロナウイルス2019の他の変異株に感染したことがない人がオミクロンBA1変異株に感染する場合、オミクロンBA1以外の変異株に対して十分な備えができていない可能性がある。感染を完全に防ぐために、ワクチン接種が有効であることは明らかである。


Ludwig Knabl, M.D.
Tyrolpath Obrist Brunhuber, Zams, Austria

Dorothee von Laer, M.D.
Janine Kimpel, Ph.D.
Medical University of Innsbruck, Innsbruck, Austria
janine.kimpel@i-med.ac.at

Supported by the Institute of Virology of the Medical University of Innsbruck.

Disclosure forms provided by the authors are available with the full text of this letter at NEJM.org.

This letter was published on March 23, 2022, at NEJM.org.



 
 訳者(広川)による要約的解説
 
  オミクロンBA1株に関する先行研究では、次のことが明らかになっている。

・コロナウイルス2019のワクチンを接種せずにアルファ株、ベータ株、またはデルタ株に感染した人から得られた血清サンプルは、オミクロン株を必ずしも中和しない。

・コロナウイルス2019のワクチンを一回ないし二回しか接種していない場合、オミクロン株に対する中和抗体のレベルは低く、短期間しか持続しない。

・ワクチンを接種され、かつ感染を経験することでハイブリッド免疫を獲得した人、あるいはワクチンのブースター接種を受けた人の場合、オミクロン株に対する中和抗体のレベルも持続期間も改善している。
 
  オミクロン株に関して既に得られた知見は上の通りだが、これらの知見が当てはまるのは、ワクチン接種済みでありながらオミクロン株にブレイクスルー感染した場合、及びワクチンを接種せず感染歴も不明な人がオミクロン株に感染した場合に限られる。

 これまでの先行研究は充分に網羅的でない。ワクチン接種済みであっても、コロナウイルス2019(野生株、アルファ株、デルタ株)に感染したことが有る場合と無い場合は分けて調べるべきである。またワクチン未接種の人に関しても、コロナウイルス2019(野生株、アルファ株、デルタ株)に感染したことが有る場合と無い場合を分けて調べるべきである。

 そこで今回の研究では、コロナウイルス2019に対する免疫の有無にかかわらず、オミクロンBA1株の感染から回復した人の血清が、コロナウイルス2019の六種の変異株を中和する能力を分析した。
 
  今回の研究対象は、オミクロンBA1株感染後に回復した人の血清である。オミクロンBA1株に感染する前の免疫状態に基づき、当研究の血清提供者は次の四群に分けられる。

1. ワクチン未接種で、コロナウイルス2019に感染したことがなかった人

2. ワクチン未接種で、コロナウイルス2019の野生株、あるいはアルファ株、あるいはデルタ株に感染したことがあった人

3. ワクチン接種済みであり、コロナウイルス2019に感染したことがなかった人

4. ワクチン接種済みであり、コロナウイルス2019の野生株、あるいはアルファ株、あるいはデルタ株に感染したことがあった人
 
  これら四群のうち、オミクロンBA1株感染から回復後に、あらゆる変異株に対する中和抗体の力価が比較的高かったのは、次の二群である。

・ワクチンを接種済みにもかかわらず、オミクロンBA1株にブレイクスルー感染した群(3.と4.)

・ワクチン接種の有無にかかわらず、野生株またはアルファ株またはデルタ株に感染歴があり、その後オミクロンBA1株に感染した群(2.と4.)


 ただし他の変異株のワクチンを接種された人が、その後オミクロンBA1株に感染して回復した場合、オミクロンBA1株に対する中和抗体の力価は、他の変異株に対する中和抗体の力価よりも低かった。(ワクチンが未接種で、オミクロンBA1の感染前に野生株、アルファ株、デルタ株に感染した人が、それらの従来型変異株に対して有する中和抗体の力価と同程度)

 またコロナウイルス2019のワクチン接種を受けず、他の変異株にも感染したことがない人がオミクロンBA1株に感染した場合、その人から得られる血清サンプルはオミクロンBA1株に対する中和抗体を含んでいたが、他の変異株に対する中和抗体を含むことは稀であった。

 要するに野生株、アルファ株、デルタ株のワクチンを接種していてもオミクロンBA1株に感染することはあり得るし、実際の感染によって得られるオミクロンBA1株への免疫は、ワクチンの対象変異株への免疫よりも弱い。また他の変異株のワクチンを接種せずにオミクロンBA1株に感染した場合、他の変異株に対する免疫は得られない。
 
  当研究で得られたデータから、次のことが分かる。

・オミクロンBA1は非常に強力な免疫回避能力を持つ変異株である。

・それ以前の変異株を対象としたワクチンを接種していても、オミクロンBA1株への感染を防げない。

・オミクロンBA1株に実際に感染しても、回復後に得られる免疫(オミクロンBA1を含め、あらゆる変異株に対する中和抗体の力価)は強くない。
 
  それゆえワクチン未接種で、コロナウイルス2019の他の変異株にも感染したことがない人の場合、オミクロンBA1変異株に感染しても、他の変異株に対する免疫は獲得できないと考えられる。さまざまな変異株の感染を完全に防ぐために、ワクチン接種が有効であることは明らかである。



 さらに簡潔な要約
 
  コロナウイルス2019(SARS-CoV-2)のオミクロンBA1株に感染し、その後に回復した人の血清が、コロナウイルス2019の各種変異株を中和する能力を分析した。網羅的な検証を行うために、ワクチン接種の有無と感染歴の有無にしたがって、患者を四群に分けた。

 これら四群のデータから次のことが判明した。すなわち野生株、アルファ株、デルタ株のワクチンを接種した人がオミクロンBA1株に感染して得られるオミクロンBA1株への免疫は、ワクチンの対象変異株への免疫よりも弱い。また他の変異株のワクチンを接種せずにオミクロンBA1株に感染した場合、他の変異株に対する免疫は得られない。


  当研究から得られる結論は次の通りである。

・オミクロンBA1は非常に強力な免疫回避能力を持つ変異株である。

・それ以前の変異株を対象としたワクチンを接種していても、オミクロンBA1株への感染を防げない。

・オミクロンBA1株に実際に感染しても、回復後に得られる免疫(オミクロンBA1を含め、あらゆる変異株に対する中和抗体の力価)は強くない。

 したがって、オミクロン株を含めさまざまな変異株の感染を完全に防ぐには、各株に対応したワクチン接種が必要である。
 





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